アンティキティラ島の機械――沈没船から出てきた2000年前の「歯車の計算機」
1901年、エーゲ海の小さな島の沖に沈んでいたローマ時代の船から、腐食した青銅の塊が引き揚げられました。その中には、時計のような歯車が詰まっていたのです。
この記録の結論
- わかっていること
- アンティキティラ島の機械は、紀元前2世紀の終わりごろに作られた古代ギリシャの天文計算機です。X線CTの調査で、日食と月食の予測や月の動きのむらを、歯車で表していたことがわかっています。
- わかっていないこと
- 残っているのは元の3分の1ほどで、正面の惑星の表示は復元案の段階です。誰が作ったのかもわかっていません。
記録の概要
機械が見つかったのは1901年、ギリシャのアンティキティラ島の沖に沈んでいたローマ時代の船からでした。いまは82個の破片に分かれ、元の3分の1ほどしか残っていません。それでも、腐食した青銅の歯車が30個確認されています。
2006年の研究によれば、作られたのは紀元前2世紀の終わりごろ。これほど複雑な機械は、その後少なくとも1000年のあいだ知られていません。
歯車が計算していたもの
2006年、トニー・フリースらの研究チームは、X線CTと表面の画像解析で破片の内部を調べた結果を、科学誌『Nature』に発表しました。機械はバビロニアの天文学の周期を使って日食と月食を予測し、紀元前2世紀に天文学者ヒッパルコスが考えた月の動きの理論を、歯車で再現していました。読み取れた刻字の数も、それまでの2倍になりました。
背面には、19年でひと回りする太陰太陽暦(メトン周期)の目盛りと、日食・月食を予測するサロス周期の目盛りがありました。
2021年の新しい復元
正面の仕組みは、長く謎のまま残っていました。2021年、ロンドン大学(UCL)のチームは、刻字に書かれた惑星の周期を手がかりに、太陽と月、当時知られていた5つの惑星の動きを正面に表示する「宇宙」の復元モデルを発表しました。
論文は、この機械をバビロニアの天文学の周期、プラトンのアカデメイアの数学、古代ギリシャの天文理論を組み合わせた創造物だと述べています。
記録の仕分け
記録に残っていること
- 1901年、アンティキティラ島沖のローマ時代の沈没船から見つかった
- 紀元前2世紀の終わりごろに作られた、日食や月の動きを計算する歯車の機械
- 82個の破片が残り、30個の歯車が確認されている
説の部分
- 宇宙人や失われた超文明が作った
否定・未確認
- 研究は、古代ギリシャの天文学と技術でできた機械として説明している
- 正面の惑星表示は復元案の段階で、作り手もわかっていない
よくある質問
- アンティキティラ島の機械は何をする道具だったの?
- 天体の動きを歯車で計算する機械です。日食と月食の予測、月の動きのむら、19年周期の暦などを表示していたことがわかっています。
- いつ作られたの?
- 2006年の研究では、紀元前2世紀の終わりごろとされています。見つかったのは1901年です。
- なぜオーパーツと呼ばれるの?
- 同じくらい複雑な歯車の機械が、その後少なくとも1000年は知られていないためです。ただ、研究は古代ギリシャの天文学と技術で作られた機械として説明しています。