陰謀論・秘密組織・

エリア51――「存在しない基地」が公式に認められた日

地図に載らない基地がある。長いあいだ、それは噂でしかありませんでした。2013年、機密を解かれたCIAの内部史に、その名前と地図がはっきり載っていたのです。

この記録の結論

わかっていること
エリア51は、1955年にCIAが高高度偵察機U-2の試験場に選んだ、ネバダ州グルーム・レイクのそばの施設です。その経緯は、2013年に公開されたCIAの内部史に地図付きで書かれていました。
わかっていないこと
いまこの施設で何が試されているのかは公表されていません。宇宙人や墜落した円盤が保管されているという話を裏づける記録は、見つかっていません。

記録の概要

エリア51は、アメリカ・ネバダ州南部、グルーム・レイクと呼ばれる干上がった塩湖のそばにあります。名前はもともと、核実験場に組み込まれた区画に付いた地図上の番号でした。

1955年4月、CIAでU-2計画を率いていたリチャード・ビッセルらが小型機でネバダの上空を飛び、この湖のそばを試験場に選びました。人目につかず、周りに何もない土地です。同じ年の7月には、基地が使える状態になっていました。

この経緯をまとめたのが、1992年に書かれたCIAの内部史『CIAと上空偵察――U-2とOXCART計画 1954〜1974年』です。ジョージ・ワシントン大学の国家安全保障アーカイブが2005年に情報公開を請求し、2013年6月に公開が認められました。アーカイブは同年8月15日にこれを公表し、エリア51とグルーム・レイクへの言及が多数あり、周辺の地図も含まれていると伝えています。

なぜ「宇宙人の基地」になったのか

U-2は高度6万フィート(約1万8千メートル)を飛べました。1950年代半ばの旅客機が飛んでいたのは1万〜2万フィートほど。誰も見たことのない高さを飛ぶ機体が、空に現れたのです。

CIAの歴史家ジェラルド・ヘインズは1997年の論文で、U-2と後継のOXCART計画に関わった職員の見積もりとして、1950年代後半から60年代のUFO報告の半分以上は有人偵察機の飛行で説明がつくと書いています。

噂が世界へ広がったのは1989年です。ボブ・ラザーという男性がラスベガスの記者ジョージ・ナップの取材に応じ、エリア51の近くにある「S-4」という施設で、人の手で作られたものではない円盤の推進装置を調べていたと語りました。本人が語る学歴については、名前の挙がった大学の記録で確認できていないと指摘されています。

いまのエリア51

施設は今も立ち入りが禁じられています。CIAの内部史が明かしたのは1950〜70年代の偵察機の話までで、その後この場所で何が試されてきたのかは、公開された記録からはわかりません。

記録の仕分け

記録に残っていること

  • エリア51はネバダ州グルーム・レイクのそばに実在する米政府の施設
  • 1955年、CIAがU-2偵察機の試験場として選んだ
  • 2013年に公開されたCIAの内部史に、経緯と地図が載っていた

説の部分

  • 宇宙人や円盤が隠されている
  • 墜落したUFOの技術を研究している

否定・未確認

  • ボブ・ラザーの証言を裏づける公的な記録は出ていない
  • 宇宙人の存在を示す物証は公開されていない
  • 現在の施設で何が行われているかは未公表

よくある質問

エリア51は本当に実在するの?
実在します。2013年に公開されたCIAの内部史に、U-2偵察機の試験場としての経緯と、グルーム・レイク周辺の地図が載っていました。
エリア51に宇宙人はいるの?
そう示す記録はありません。1989年に円盤を調べたと語った人物はいますが、その証言を裏づける公的な記録は出ていません。
なぜエリア51の周りでUFOがよく目撃されたの?
旅客機よりはるかに高く飛ぶU-2や後継機が、正体のわからない飛行物体として報告されたためと考えられています。CIAの歴史家の論文は、1950年代後半から60年代のUFO報告の半分以上が有人偵察機で説明できたと書いています。

出典

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